継続的な努力

瞑想は、断片的であることはできない。

それは、継続的な努力になるべきだ。

すべての瞬間に人は注意深くなり

気づき、瞑想的になるべきだ。

    
しかし、マインドは、トリックをしかける。

 あなたは、朝に瞑想する、そして、それを脇に置く

 あるいは、あなたは、寺院でお祈りをする、そして

それからそれを忘れる。

それで、あなたは、世間に戻って行く

完全に瞑想的にならず、あたかも無意識で

催眠の睡眠の中にあるように歩く。

この断片化された努力は、多くをなさない。



意識は連続体だ。それは、絶えず流れる河のようだ。

もし、あなたが一日をとうして瞑想的であるならば

すべての瞬間にそれがある。

そして、あなたが一日をとうして瞑想的であるときのみ

 あなたに開花が訪れる。
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# by florence18 | 2014-08-27 18:28 | ★Osho

新箴言30

反省ということは 自己自身を正しく進歩向上せしむる

人生の最良なる要諦である



『人間が生まれながら賦与されている可能力なるものは 極端な例は除いて

その煥発の方法が合理的であれば 正に驚異に値する高度なものを

発現するものである

ところが現代の文化人は この尊厳なる真理と事実に対して

情けないほど無自覚で いささかも自己の可能力を煥発しようとしないで

“やれ自分はこのことは苦手だ”とか あるいは“いくら一生懸命にやってもできないのだから

このことは自分の性に合わないのだ”とか また中には“人間にはそれぞれの

生まれつきというものがあるから 能力もまたそれにしたがって差があるのが

必然だ”と さもそれが何らの間違いのない正論のように自説に固執して

真理から断定すると むしろわらうべきほど陳腐でずさんな曲論や独りよがり

のこじつけの駄説を蝶々として(よくしゃべるさま)のべて 自分を弁護しようと

する人が多い



そしてその種の人々に限って自分の能力全体量の半分も使っていない

すなわち自己の可能力をフルに使っているつもりで 実はせいぜい

その四割内外しか使っていないのである』


人間の本来の面目を説法したとき 人の本来の面目は創造的なものである

そのゆえに人間が万物の霊長としていっさいの生物を凌駕して優秀なる

能力を 生まれながらにして賦与されているのはこれがあるがためである

しかし特におろそかにできないことは その賦与量はいささかも差別のない

公平なものである

そしてこれぞまことに侵すことのできない宇宙真理なのである
、と説破した。



したがってこの一事を考量されても あえて他言するまでもなく

自己の現在使用している能力に対する反省が厳格に行われて

その是正が確実に施されるなら いっさいのすべてはことごとく可能に転換され

収握されることも(自分のものとする)また必然自明のことと監督されると信ずる



事実において 反省なき人生に活きる人が多くなればなるほど この世の

進歩も向上も不本意ながら往々にして空転に終わるべく余儀なくされる




それゆえ機会あるごとに反省の要を自己が実行することはもちろん

縁のある人々にも説示して 世の人々の人生に正しい光明を

点ぜられんことを心より熱望する次第である




Reflection is the best meas of life to advance

and improve rightly ourselves.



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# by florence18 | 2014-08-12 19:47 | *how to 6

新箴言29 

心身統一の達成を志すものは感応性能の積極化ということには

限度がないということを忘れてはならない



心身の統一法とは 適者生存(人間が人間らしい生き方をすること)の真理に遵い

心身一如の新事実を現実化し 人生に欠くべからず健康と運命を確保し

再度繰り返すことのできない我々の人生を 事実生きがいのあるものとし

その全生涯を如実に有意義にすることを終始一貫その全目的としていることは

われら天風会の全会員が知り尽くしているところである



そしてその根本原則として 心と身体を統合する唯一の中枢たる

神経系統の生活機能を極めて順調に作用させることが その第一の要諦であるということ

しかもこの目的を現実にするには 何をおいても精神生命の生存を厳として自然法則に

のっとって処理することがその先決的要訣であるということ

またさらに精神生命の生存を自然法則に則って処理するということは

換言すれば 精神生命の本然に即応して いかなる場合 いかなることにも

その心的態度をあくまで積極的に堅持してかなければならないということ

これらはみなさんには敢えてよけいな言葉を言わなくても 理解していると信ずる




過去の話ではあるが 終戦前に兄弟2人で入会し 相当熱心に来会しているうちに

兄なる人の方が『俺はもうすっかりわかって完全に卒業したから そうちょいちょい

行かなくともよい』と弟の誘いにも応じなくなった

そしてふとした感冒におかされたのが原因で結局急性の肺炎でついに落命してしまった


後日その当時の看護の人々の話によると 感冒のための発熱の際など 神経過敏になり

看護の人々も呆れたほど心の弱さを暴露していたとのことであった



これは古い仏道の説教の語句の中にも厳しく戒めてある通り

『悟れたと思った時が迷いなり』というのに該当する



というのは 人生には もう完全に理解したとか あるいは卒業したとかいうことは

ありえないのである。否断然あり得ないのが人生である。

否 否 人生とはそんな単純なものではないのである




『いきぼとけ』とも言われた禅家の名僧であった石川素童師すら

65歳のときに天風会に入会したとき 素童師より20年も若年であった筆者が

『貴僧はすでに悟入徹底の方とお見受けするが 何の必要があって 後輩者の説を

聴こうとされてるのですか?』と質問したところ

素直に『悟入徹底未だし いわんや説法の実行に於いてをや』

さらに『人生と言うものはなかなかもって悟れるものではござらん』としみじみと

言われて亡くなる間近まで熱心に聴講されていた


その真理に対する謙虚な態度は 演檀上から思わず合掌したい気持ちにしばしばならせれた

という 私には価値の高い思い出がある

そして私の降壇後 親しく私の傍らに来られてうやうやしく合掌礼拝されて

『今日もまたありがたいかな。煩悩心が洗われました』

と心の底から感謝されるには 当時まだ若輩だった私は 思わず内心忸怩(じくじ)たるものを

(恥じ入るさま)しばしば感じ いっそう自己の研修心に拍車をかけたものである




事実において こういうえらい人というものは 決してできたとかあるいは徹底した

とかいうことを かりそめにも口にしない



およそ人生道に果てしないということを充分に悟られているからで それもこれも

要約すれば 前掲の箴言に記載のとおり 人の一番大切な心の働きを左右する

『感応性能』なるものが その積極化を強要する点において 何らの限度がないからである



換言すれば 久却永遠の宇宙生命と相対比例の下に まことにそれは

脅威に値する無限的な存在以上の実在があるがためである



さすれば 普通の場合 ともすれば忘れがちな人生の大消息を思いを新たにして

さらに心に受け入れ さらにひとしおの努力に鞭打って 感応性能をいやが上にも

的確に把握することのできる人生の幸福をわがものにしていこうではないか








If you aim at the achiebement of unifying your mind and body,

you must not forget the fact there is no limit to making your

susceptibility positive and constructive.
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# by florence18 | 2014-08-12 16:07 | *how to 6

新箴言28 人の世のために

人は自己のために活きると同時に

また常に 人の世のために 活きることを忘るべからず


『理屈は充分理解して『わかって』いるが なかなか人の事にまで

手が延びぬわ』などと平然と言う人すらある



その当時の私は人のことを考える気持ちなどいささかもなくらいに

自分の病苦に苦しんでいたものだから『病が回復してから

人のことを考えましょう』と平然としていったものである


すると『現在でも考えられるじゃないか?』

というから 『現在そんな余裕なんか私の心にありません』

といったら 『君は情けない人だね、自分がやるせない病苦を感じたら

こんな苦しみを他の人が感じたらどうだろう?さぞ辛いことだろう…

でもこの苦しみを自分だけで味わっているのがせめてもの幸いだと

思えないかね… いいえ!そう思うような人間らしいゆかしい他愛心が

心に燃えてくるともっともっと早くその病も回復するのだがなぁ』

と熱意を込めていわれたとき はっと私はなにか厳しいものを心に感じた




それもそのとき以前の私なら あるいはその尊い言葉を一笑に付して

何ものも感じなかったかもしれない

詳しくいえばそのとき以前の私は医科学のみを先攻したしただけに

心の態度と自然良能の密接な関係などどいう物質科学以上の

純粋科学のあることを認識していなかったからである

しかし幸いにもその言葉を耳にしたときは 物質科学以上の純粋科学に

ようやく目覚めかけていたときだけに すなわち科学的迷妄に相当の

自覚を感じていたときだったから 実際はっと大きい手ごたえを心に

感じたものである



であるからそれからというものは 同じ痛みでも苦しみでも

これが自分ひとりのくるしみであり 痛みであるのがせめてもの幸いだ

この老人にもしこの苦痛があったら さぞや可哀想であろうと

私の傍らに日ごろ親しく近侍している老爺に思いやりの心を

かけるように発心して以来 まったく不思議なほど

苦痛も軽減してきて 回復度も目に見えるようになってきたのである

そして今更精神態度の生命力に及ぼす実際を事実に体験させられて

驚いたものである




しかし諺にもいうとおり 事実が最後の証明者である

まったく一事が万事のたとえのとおりで こうしたことが

反省のきっかけとなって 心の態度の改善に心がけて以来

今やまさに誇るべき健康美と運命境に恵まれるに至ったのである




そしてひたすらに自分の幸福を思うにつけて 人々の幸福を

思わざるをえない思いやりの心情が自然と私の心に湧き出てきて

この聖業を思い立って以来現在に至るまで おかげにも半世紀にわたって

人の幸福のために 堂々としていられるという至幸至福の日々を送りえている



それだけに皆さんにおいても 要はこの箴言にあるとおり

もちろん自己のために活きる方策や方法に努力する必要はないがしろに

できないが と同時に常によきにつけ悪しきにつけ 人の世のため

人々の幸福を考えて いいかえれば思いやりの心を豊かに

自分の心のものとしてほしい

他の人々もあなたと同様に尊い生命に活きているのであるから












Man should not forget that while

he lives his life for his own interest,

he must live always for the benefit of society.




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# by florence18 | 2014-08-08 19:18 | *how to 6

中心 ハラセンター

中心が定まっていることはとても重要だ


さもなければ、人は分裂しているように感じ

ひとつにまとまっていない。彼はジグソーパズルのようで

すべての断 片は統一がなく、全体ではない

それはよくない状態だ


なぜなら中心が定まっていないとき、人は引っ張られるが

愛することはできない。中心が定まること なしに

あなたは人生において習慣的にものごとをやり続けることは

できるが、決して創造的にはなれない



あなたは最小限に生きる。最大限に生きることは

あなたには可能ではない。中心が定まって初めて

人は最大限の、絶頂の、最高の

クライマックスの生を生きる。そして

そんな生だけが「生きる」ことであり

また、「真実の生」だ、ということができる



中心/センターが定まると

考えることはしだいに少なくなってくる

なぜならエネルギーは頭には動かず

ハラに行くからだ。そこに集中すればすれほど

あなたは 自分のなかに規律ができてくるのを感じるだろう

そしてそれは自然にやって来るもので

決して無理やり押しつけられたものではない



ハラに気づくようになればなるほど

あなたは生と死をあまり恐れないようになる

なぜならそれは生と死のセンタ−だからだ

一度、ハラセンターに調子をあ わせるようになると

あなたは勇敢に生きることができる

そこから勇気が湧いてくる

考えることはより少なくなり

沈黙がやってくる

制し切れない瞬間は 少なくなり、自然な規律と

勇気、根付いている感覚

しっかりと地に足が着いている感覚がやって来る





osho




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# by florence18 | 2014-08-08 17:15 | ★Osho

執着

私たちはいともたやすく執着し、何にでも執着してしまう

生は流動であり、何ひとつ同じままにとどまるものはないが

私たちはそれが同じままにとどまるように望み、期待する

世界にこれほど多くの欲求不満があるのは
私たちの期待のことごとくが満たされていないからだ



期待は惨めな結果しかもたらさない

執着とは何かにしがみつき

それが永遠に続くように願うことだ

それはありえないことを求めることだ
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# by florence18 | 2014-08-08 15:49 | ★Osho

ただ星をみつめて

夜は星々でいっぱいだ。

地面に横たわり、大地の中に消えて行きなさい。


私たちは大地からやって来て、いつの日か永遠の

休息のために大地に戻って行く。夜、ときには、

芝生の上に横になり、大地の中に消え去りなさい。


星々を見つめなさいーーただ見つめ、純粋に見つめなさい

星の名前、星座の名前を考えはじめたりしてはいけない

星について知っているすべてのことを忘れて

自分の知識をすべて脇に置いて、ただ星を見つめなさい

すると突然、コミュ二オン・霊的交感が起る



星々はあなたのなかにその光を注ぎはじめ

あなたは意識が拡大してゆくのを感じる

これは、どんな麻薬・ドラッグにもできないことだ

麻薬はきわめて人工的な、手前勝手な、有害な方法であり

しかもそれによって知ることができるものを

私たちは自然に、簡単に

恵みとして手に入れることができる

ただ星を見ているだけで、あなたは高揚感を覚え

高く飛翔しはじめる



osho


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# by florence18 | 2014-08-08 15:46

喜びに満ちて

あなたはできるかぎり喜びに満ちていなければならない

人々を救うのは悲しみではなく喜びだからだ

あなたは明るくなければならない

この悲しい世界にあっても楽しめるということを

人々に知らせる必要がある


osho

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# by florence18 | 2014-08-08 15:36 | ★Osho

肉体は宇宙の縮図だ

私の肉体は私の友人だ肉体には敬愛の念をもって接するべきだ

神は、肉体に宿ることを選んだ

肉体は奇跡だ。それは途方もなく美しく、途方もなく複雑だ

肉体ほど複雑なものはなく、精妙なものはない

あなたは肉体についてなにも知らない

ただ、鏡のなかの自分を見たにすぎない

内側から自分の肉体を見たことはない

そうすれば、それ自身がひとつの宇宙だ

肉体は宇宙の縮図だと神秘家はつねに語っている

内側から眺めれば、肉体はひじょうに広大だ

何百万という細胞があり、それぞれの細胞が生きている



osho

各細胞がそれぞれの機能を果たす様子は、 信じられないほど素晴らしく、ほとんど不可能に近い。
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# by florence18 | 2014-08-08 15:33 | ★Osho

ただ自分自身でありなさい

ただ自分自身でありなさい。

全くの自分自身でありなさい。

そして、自分がどんな花になるのかなど気にかけないこと。




あなたが、バラなのか、蓮なのか、それは問題ではない。

問題は花開くことなのだ。



osho

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# by florence18 | 2014-08-08 15:29 | ★Osho

新箴言25 謙虚の心

真の幸福は現在感謝を実行する謙虚の心から期せずして招来される




安生打座法を実行すれば 極めて容易にこの問題の

消息をその心意識に感得することができる

安生打座法を真剣に実修すると 自然的に心意識領域の

完全払拭が現実になる結果 宇宙創造の根本主体に実在する

無限で不変不朽な かつ建設的なる創造の力(ヴリル)という

尊厳なるものと心意領域が不可分に結合し その当然の帰結として 

あらゆる心理を極めてスムースに感得する



精神科学的に説明すると 意識中の霊性意識が発現してくるがためである


そして同時に 生命の生存に対する現在状況のいかんにかかわらず 

その存在に満足の感謝を心して感じさせることが 幸福招来の何よりの

先決問題であるということがわかってくる





もっと分かりやすく言えば 健康に故障があろうとも 

また運命に思うようにならないことがあろうとも 

いかなる場合に対しても そういうときに 

なおかつ活きていられるという大きい事実を感謝する

心を持つということであるということが自然と悟れるのである

こうした心こそ いわゆる謙虚な心という

いいかえると 何らのわだかまりもない純一無雑(心が純粋で雑念のないさま)な

人間だけが持つ最高の気高い心なのである



であるから 現在運命なり健康な利 そればかりではなく何事かに

不平不満なりあるいは不如意を感ずる人は とにかくそのことがらに

拘泥する(こだわること)心を まずは感謝と満足の方面へと振り返る

心的態度をとることである


ただひたすら実行するのみである

そういうわけで 不幸に直面したらまずその不幸にしても

なおかつ生命を失わずに現在活きていられることを感謝することに

心を振りむけるべきである

そうするとそうした心がけ自体が幸福を招いてくる原動力となるのである




*『天は自ら助くる者を助く』という真理が また絶対に侵すことのできない

状態で実在するのであるから 一日も早く 自己の心を真理に

順応する謙虚なものとして 真の幸福を収受されんことを

心よりあえて推奨する



*英語のことわざ「Heaven(God) helps those who help themselves.」の訳語。
他人に頼らず、自立して努力する者には天の助けがあり、必ず幸福になるという意味。
怠惰な者には、決して幸福は訪れないということ。




Real happiness is naturally brought from a fumble mind with

which gratitude the existence of life is expressed sincerely.
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# by florence18 | 2014-07-27 19:35 | *how to 6

新箴言23 善なることを行おうと心かける

日常生活を行う際 能う限り 善なることを行おうと

心かけることは 人生の最も尊いことである




日常の人生生活を 自他の何れに対しても独りぎめのわがままな

自己本位の気持ちでなく お互い人間同士の間柄を極めて円滑に融和するような

普遍的妥当性のある言葉と行為のみで行おうと心がけて

かつそれを確実に実行うすることなのである

そうすればそれが期せずして いっさいすべてがそのまま善なるものに共通するからである




『不偏愛の実行』不偏愛とは何を意味をするかと言うと

率直に言えば何ものをも憎まざる公平無私の純正なる愛情を持って

人にも物にも 否 ありとあらゆる一切に平等に相接することである

それは繚乱(明らかに輝くさま)たる陽光と同様に




だから万一愛の情に偏りがあるのでは 本当の人とはいえないのである

好悪の差別感をはなはだしく持つ人は 自分もまた他人から同様に好悪される


すると 広大無辺の天地におりながら 極めて範囲の狭い人生に活きることを

自然的に余儀なくされる


ところがこれに反し 好悪感から離脱し得た人に好かれる人になれば

人生は安らかなものになり あらゆるものが備わった人にとなれる



人はなんびとといえども ひとかどの出世成功をなし能う(あたう)ように

生まれながらにしてできているという絶対真理があるからである

であるのにもかかわらず いつまでたってもうだつが上がらず

一生を大したものにもならず過ごしてしまう人が現実に存在しているのは

要約すれば今述べたような必須要素の養成を生活条件の最大要項として

その考慮の中に置かない錯誤があるからである



しかしこの重大要素が 不偏愛の実行に専念すると自然に完全に解決されるのである

というのは 不偏愛こそは とりもなおさず大宇宙の侵すべからざる

絶対真理だということは どんなときにも忘れてはいけない

心に銘記しておくべきことである
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# by florence18 | 2014-07-23 18:28 | *how to 6

新箴言22 人生は侭ならぬもの

人生は侭ならものと 正しく自覚するとき 

不自由や不満と言うものを少しも苦悶で感じなくなる



およそ人間の苦労というものを仔細に検討すると

それは概ね(おおむね)自分の思う事 考えること なかんずく

欲求することが 自己の思うようにならぬ場合の心のもつれから

生ずる心理現象である


しかし考えよう!

お互い人間がもしもこの世がおのれの思い通りになる世界だとしたら

いったいどうであろうか?ということを



この広い世の中には 思う事願う事が満ち足りていて

いわゆる幸福だと思えるようない人もいないことはない

その人々がその現在に限りなく感謝満足して その心の中に

何らの要望も欲望を持たないのなら それは確かに幸福であろう

しかし少しでも現在の状態に満足を感じないで 

新しい要望や欲求が心の中に生ずるとしたらどうであろう?



英国の諺に『金持ちほど欲が深い』というのがある

人間の心の中に生ずる欲望という心理作用は 金持ちであろうとなかろうと

常に次から次へと新規なものを考え出して止むとことがないものである

そしてその上に欲求心というものは 満たされても満たされても止まるとことがなく

際限なく発動するものなのである


昔の道歌に『思う事叶えばまた2つ 3つ 4つ 5つ 6つかしの世や』

というのがあるが この歌こそ いかんなく人間の欲望に対する心理現象を

徹底的に批判したものといえる


こういう状態というものは 人間の精神態度が更改されない限り 換言すると

心の持ち方が切り替われない限りは いかなる時代が来ようと かつまた

いかなる身分境遇になろうとも いつまで経っても手を変え品を変えて人間を苦労させる

英国の諺に『今までそうであれば これから先もそうである』というのがあるが

けだしこの言葉は人間の精神態度そのものが更改されない場合の

対人生現実批判にあてはめられると思う



心の平安を確保する条件は 外因にはなくて内因にあるのである

やさしくいえば こころひとつのおきどころという事実こそ

その内因として重視すべき先決的条件なのである



であるからその内因を確実なものにするためには

まず第一に前掲のとおりに 人生はままならぬものというのが

侵すべからざる人の世の常則であると正しく自覚することである


そうすればこの尊い自覚は 直ちに心の本善と相呼応して それまで

しきりに不自由や不満と言う心理作用のために苦悶させられていた

悪現象が 自然と心の中から雲散霧消され 万が一おのれの心の欲求する

ものが満たされないときでもいささかも心を苦しめず ただ現在あるそのもので

満足すると言う階級の高い心的状態になりえる



そしていつも颯爽として 貪欲の炎に 心が苦しめられなくなる


要約すれば かくして初めて不滅照心(永遠の真理に照応した心で活きること)

の真人としての真の本領が発揮され 期せずして本当の幸福感に包まれた人生に日々

愉々快々として活きることができるのである












If we rightly take life is such a world as we cannot have it our ownway,

restraint or dissatisfaction will not bring on an agony in the least.
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# by florence18 | 2014-07-19 19:02 | *how to 6

新箴言21 どんな場合にも慌てない

どんな場合にも 慌てない人となるには 平素の言動を

できるだけ落ち着いて行うように心がけるべきである



多くいうまでもなく 人間と言いうものは男女の区別なく

いかなる場合にもその人生に活きる際慌ててはいけないのである


というのは 人生に生ずる錯誤(さくご)や過失というものは

その原因が心が慌てたときに多いからである


慌てるというのは またの名を周章狼狽(あわてふためくさま)というが

これは心がその刹那放心状態に陥って 行動と精神がとが全然一致しない状態を

いうのである


心がこうした状態に陥った時というものは 意識は概ね不完全意識になっているのである

いいかええると 心があってなきに等しい状態になるのである

だから さまざまの過失や錯誤が生ずるのも当然である

そしてそういう心になると 時には笑えない滑稽ともいうべき

ミステークさえ行うのである



たとえば 手に持っているのを忘れてその物質を紛失したと

早合点して大騒ぎして捜すなどどいう 常識ではとうてい

考えられない珍芸さえ演出するのである



こういう失態は 平素落ち着いた心的状態で生活行動を行ってないな

ということが その主因をなしているのである

すなわち 人間というものは習慣が第2の天性をなすものであるから

平素の生活行動が落ち着いた状態で営まれていると 

それが知らず知らずの間に習慣化して 日常の人事世事に対しても

どうしても軽挙妄動的(軽はずみでむこうみずな行動をすること)

で対処することになる




昔 柳生但馬守がいまだ修行中の折 沢庵禅師に次のような質問をしたことがある

『一本の剣は扱いやすし されど 数本ともなればいかになすべきや?』

禅師は『1本を扱う時と同じ心をもって 数本もやはり1本1本扱うべし』と。

まことに これまさに至妙の言である



真に沈着な心こそが 明澄なる(明るく澄んでること)意識を生み出し

明澄なる意識こそがその行動をさいぜんとして(区別がはっきりしているようす)

遅速暖急誠によくこれを統御するものである

すなわち武道の極意を把握するものや その他技神(あることに超越した技を有している人)に

入るような堪能精錬(たんのうせいれん)の人はみなこの真理にしたがっている



これあるがゆえに われらはこの真理を深く尊重し心に銘記して

どんな時でも平素の行動をできるだけ落ち着いておこなうように心がけよう


In order that we may not be disconcerted in any event,

we should try to be as self-possessed in our speech and behavior at ordinary time.



新箴言21












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# by florence18 | 2014-07-19 17:37 | *how to 6

新箴言20 

摸倣も極致に到達すると真実と同様になる

この真理に則って 善いという事は極力 摸倣に専念すべきである



国外での任務に従事するため出発のとき お別れに参上した際

恩師は『できるだけ善かことは極力真似することばい

そして人にめいわくかくるような悪かことは決して真似するでなかぞ』

とねんごろにいわれた

自己を完全に啓発し 自己を真実に向上させ人の世の

ために真に役立つ真人となろうためには ひたすらこうした

こころがけで何でも良いことは摸倣することに専念すべきである


Imitation achieved to perfection attaind as good as true.

Therefore,what is good shoud be imitated to the utmost.


新箴言20





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# by florence18 | 2014-07-19 17:33 | *how to 6

新箴言18 天真流露

人生に活きる際 気取ったりぶったりせぬように

心がけると どんなに心に余裕ができるかわからない

禅の言葉に『無碍自在』というのがある

これは心に何ら執着のないときの心の力が

その融通性を100%にして その可能率を向上するという

意味を喝破したものと思う



これは理屈でなく 心に何らの執着もない場合は

いいかえると心が何物何事いもとらわれていないときには

これを形容すれば 円転滑脱 自由自在に 臨機応変の対応が

できるものであるということは われわれが人生において

経験する事実がしばしばこれを証明している




反対に心に何かの執着 すなわちととらわれがあると

心の力はたちまち凝縮して その可能率が著しく低下する



要するに この実際の消息を考察すると 人生に活きる際

気取ったり ぶったりすることがどれだけ無駄な損失を自己の人生に

招致するかわからないということも明白に理解されるはずである



ところがこの明白な事理が(事象とその道理)歴然として存在しているのにも

かかわらず 世の人の多くはやたらに気取ったり ぶったりすることを

さながら常習としておこなっている


しかも それが自分をえらく見せようとか あるいは安っぽく

見られたくないとか または強いように見せようとか ばかにされたくないとか

等々 それがもうすでに価値のない執着 すなわちとらわれになっている

ということに気付かずに 盛んに気取ったり ぶったりということに苦心する

それどころかむしろ腐心するといってよい実情である

そしてその結果 前述したとおり 知らず知らずの間に心の力を

著しく低下させている



要約すれば そうした行為はとりもなおさず 精神生命の消耗率を

異常に促進するからである

鉛を金に見せよう 石ころを宝石にみせようとするのと同然で

それは異常な精神消耗の原因となるだけである


本当にできている人というものは 決してぶりも気取りもしない

いわゆる 天真流露そのままである



これは私が日露戦争後 挑戦で当時の韓国統監であった伊藤博文さんから

直接耳にした話であるが あるとき伊藤さんが『肝は伊藤満の薫陶を受けたそうでそうだが

あの人は実に偉い人である 現に自分が私淑している粗い石禅師が かつて当山君に

相会したときの感想として 今までいろいろの人に会ったが 頭山氏のようなどう見ても

少しも偉く見えないでしかもほんとうに偉いと思う人に会ったことがないと非常に感激していた』

と話されましたが まさにたしかに頭山恩師は 石禅師のごとく極めて平凡に見える、少しも

偉さを表さないという偉い人であった

いつも同じ状態でいられたお方である



天風教義が 常に心の態度を積極的に堅持せよと教示し さらに絶対積極の態度とは

いっさいに対して不即不離(お互いにつきもせず離れもしない関係)であることなりと

説破し これこそが虚心平気の絶対境地というのであると訓えているのも 

要は無碍にして(とわられがなく自由自在な事)自在なりという真に綽綽たる余裕を

心にもつ真人としての人生に活きる人をおおからしめたいがためで

また真の人生幸福というものはそうした人に恵与されるものであるという

峻厳なる宇宙真理をおろそかになし能(あた)わぬためである



If we try not to give ourselves airs nor to be affected in life,

affected in life,we will find how much we can be composed in mind.



新箴言18



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# by florence18 | 2014-07-18 15:43 | *how to 6

心身相関

あなたの体は、ただ肉体というだけではない

あなたの体の中には、あなたの筋肉の中には

あなたの体の構造の中には、抑圧を通じて

他の多くのものが入り込んでいる

もしあなたが怒りを抑圧したら、毒が体に入る

それは筋肉に入る、それは血に入る


あなたが何かを抑圧したら

それは精神的なことにすぎないないのではなく

肉体的なことでもある

なぜなら、あなたは実際には分けられていないからだ

あなたは心と体ではない

あなたは心身――心身相関だ

あなたは両方が合わさっているものだ

だから、体でやったことはすべてマインドに行き着き

マインドでやったことはすべて体に行き着く


体とマインドは同じ実体のふたつの側面だからだ


Osho

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# by florence18 | 2014-07-15 09:49 | ★Osho

執着せずに浮かび漂う

深く、こころから愛するのはいいが

所有欲と嫉妬を持ち込んではいけない

執着したら、それらは必ず入りこむ

生において学ぶべき最もすばらしいアートは

執着せずに、浮かび漂うことだ



何ものにも触れられることなく生を通り抜けて

ゆきなさい。ものごとは来ては去るが

あなたは取り乱さず、惑乱せず、自らの中心に

しっかりと腰を据えている


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# by florence18 | 2014-07-12 12:53 | ★Osho

新箴言17 調和

調和ということは 真善美の美に該当するもので

これは探究すべきでなく 自ら進んで作為すべきものである


そも調和というものは 厳粛なる宇宙本来の面目であり

かつまた人生の実相であると同時に 生きとし生ける万物の生命の

本然の姿なのである




いいかえると調和ということは万物存在の絶対に侵すべからざる

自然性なのである

調和のあるところのみに いわゆる真の完成というものがあって

反対に調和のないところには絶対に完成と言うものはあり得ない

のは事物事象に明瞭に現れてくる




すなわち雨にせよ 風にせよ 雪にせよ 氷にせよ

寒暑温冷一切合切 そのすべてがこの調和という自然性が

その素因となって発動する現象に他ならない




否 極言すれば 人々が大いに怖れ忌み嫌う天変地異 地震 噴火

台風 津波等々の災害なども また人間の生命に生ずる疾違和の

減少のごときものも もっと分かりやすく言えば発熱するのも

下痢するのも みなこの峻厳なる宇宙摂理より生じてくる尊い

大自然性の発動現象なのである




すなわち宇宙の事物事象の一切をできるだけ完全な姿にするべく

いいかえれば絶対調和の状態にするべく その不備と欠陥を

是正しようとするための自然性の能動作用なのである


そしてその絶対調和の状態こそ 美と言うものの本当の姿なので

調和のないところに完全がないのと同様に 調和のないところに

本当の美はないのである



もっと極言すれば うつくしいという言葉はしっくりと調和しているという

言葉の代名詞でさらにうつくしいというのは完全だということになるのである


また前にもいったとおり 調和のないところには完全というものが

ないのであるから 政治であれ 事業であれ さらには人事世事の一切合切

調和がすべての完成への重要な役割を果たすので どんな思想でも主義でも

また計画でも設計でも 調和を無視し没却された考慮では

とうていその完成は現実化されないのが当然の真理なのである


要するに 俗にいう無理は通らぬというのが この実際の消息を

怒んなく喝破した(真理を説き尽くすこと)言葉なのである



だから 何事でも現実に完成させようと意図するならば

何よりも調和という大事実をその根底基盤とすることが

先決な要諦だということを忘れてはならないのである



たとえば 政治家が失脚したり 事業家や商売人が失敗するもの

要約すると 必ずやその思索や言動にこの調和という大切なことが

欠如していたことが 必ずやその原因の中に存在しているのである



だから絶対真理に鑑みて 自己の人生の完成を現実に企図するものは

常に何事何物にも『調和』ということを決しておろそかにすべきでは

ないということを 人生に対する厳粛な心得とすべきである




調和こそ 人生䌂正確に決定する ゴールデンプロトタイプ(基本形)

というべき絶対唯一の至宝である



Harmony corresponds to Beauty among Ttuth,Good and Beauty;

and it is not to be searched for but to be mede.



新箴言17より




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# by florence18 | 2014-07-11 18:02 | *how to 6

新箴言16 時は金よりも貴重な尊さがある

物質礼賛の実利主義者はあるいは『時は金なり』

というこの言葉に心からの共鳴を惜しまないであろう

しかし 金は失っても取り返すことはあえて不可能ではないが

時は一旦失ったら永久に現在の意識に決して戻ってこない



のみならず いっさいの事物の完成を観察すると

それは金の力で成し得たように見えても 真実は

要約すれば時の力である



ところが人々の多くは この侵すべくもない事実を無視して

事物の完成をただ金智からまたは入力に一辺倒視する



しかもこうした考察を是正しないで『時』なるものを批判すると

往々にして『時』というものの真の価値の認識が誤ったものになり

第2義的に堕する恐れが生じてくる


光陰矢のごとしなどと言う言葉は誰でもみな知っている

知っていながらそれは単に知っているだけのもので

少しもそれを重大だと考えていない


瞬間と言えども軽々に徒費すべきでなく 心して有意義に

使って活きるべきだと厳かに自戒して頂きたい



The proverb says,"Time is money".

But, in truth, time has far more precious value money.


新箴言16より



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# by florence18 | 2014-07-11 17:11 | *how to 6

新箴言15 

『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』


という文化の未発達な時代の人間のいっていた

過去思想を さも絶対真理のごとく思ったり

あるいは口にしたりしている人がある


そのそもこの言葉が相対理論であって絶対真理でないことは

十分理解されていると信ずるが この言葉を絶対真理のように

軽率に早合点している人が 専門の医者やあるいは学究の中にも

今なおかつ相当多い傾向がみられる


すなわち この言葉を一途に絶対の真理のごとく思う人々は

健全な肉体をもつはずの人々 たとえば運動家=スポーツマン

または武術家 あるいはレスラーやボクサーたちが

必ずしも健全な精神状態の不健康な人をよく見受けるということを

見落としている


のみならずこの種の人々は肝心かなめの健全な肉体を作るのにも

その先決要諦は何よりもまず精神状態を健全にしなければ

その目的を達成することは絶対に不可能だということを正しく自覚していない


つまりこの種の人々は 人生に存在する表面的な事実の片りん(小さい部分 一端)

だけをみて それを教義として全体論をする人である

もっとわかりやすくいえば 肉体に少しでも故障が生ずると元気がなくなって

当然精神状態も消極的になるではないかという 世人の一般的な事実だけに考察の

焦点を置くからで さらにそのときにその人が精神状態を積極的にすれば

その病的故障はその積極的な精神状態の反映でたちまち自然良能が促進されて

その回復を早めるという基地な大事実を理解していない人なのである



健全なる精神は 人生の一切に対して

その心の態度が 積極的である時にのみ 正しく 作為される



精神の積極状態というのは 厳密にいうと2つに分類され

A 絶対積極    B 相対積極

絶対積極とは『何事に対しても虚心平気の状態』

相対積極 『何事に対しても できうる限り

明朗括淡ハツラツ颯爽として対応すること』


いずれにしても 人生建設の先決要諦である

健全精神の完成は その基本条件である精神状態を方便手段として

絶対積極の状態に到達させることである

そしてその到達過程の方便手段として 相対積極からまず

到入すべきである



A sound mind is formed rightly only

when one's mental attitude is positive towards everything in life.



新箴言15より




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# by florence18 | 2014-07-11 13:50 | *how to 6

もし自分を愛したら


もし自分を深く愛し、自分自身のなかへと降りていったら

あなたはもっと深く愛する準備が整う

自分のことを知らない人は、それほど深くは愛せないからだ

もし表面で生きていたら、あなたがもつ関係は深くはありえない

結局のところ、それはあなたがもつ関係なのだ

もしあなたに深さがあったら

あなたがもつ関係にも深さがあることになる


Osho

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# by florence18 | 2014-07-11 10:30 | ★Osho

醒める

瞑想とは、醒めて気づくことだ


気づきながらすることは何であれ瞑想だ

行為が問題なのではなく、行為に持ち込む質が問題なのだ

油断なく醒めて歩けば、歩くことが瞑想になる

油断なく醒めて坐れば、坐ることが瞑想になる

気づきをもって聴けば

鳥のさえずりを、聴くことが瞑想になる

油断なく醒め、注意深ければ

心の内なる騒音を聴くことが瞑想になる

そのポイントのすべては

”眠りのなかで動くべきではない”ということだ

そうなれば、何をしようと瞑想になる


*醒める=心をとらえていた迷いがなくなる

正気をとりもどす。冷静になる。「悪い夢から―・める」「―・めた目で見る」



Meditation the first and last freedom



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# by florence18 | 2014-07-08 11:16 | ★Osho

新箴言14 残心

人生に 最も注意すべきことは 得意の時に

ひとしおの心の備えを 緩めぬよう心かけることである


武道のほうで言う「残心」という言葉

闘う前と闘う最中の心構えと 闘い終わったときの

心構えに いささかの差別があってはならないという戒めなのである


すなわち 闘い終わったときも闘う最中と同様

かりそめにも安易に心を緩めるなかれということなのである

特に勝利を克ち得た時は 特にこの心構えを厳重にすべしと戒めている



なぜならば 誰でも勝利を得ると 勝った!という得意感=安心感

が即座に心に生ずるものである

すると同時に心の心の構えに緩みが生じるからである

この隙というのは 心理的にいうと 『放心から生ずる有意注意力の欠如』

という心理現象なので この心理現象が精神生命の内容に発生すると

心のもつ応変(変化に対応する)可能な自在性と言う大切なものが委縮される



これもとどのつまりは精神生命内に存在する 一種の報償作用なので

そうなると当然 心の働きが委縮的になって さらに心身相関の結果として

自然と肉体の活動も消極的な束縛を受けることになる



すなわち 武道のほうでいう体くずれ または構えやぶれという状態になる

だから『残心』というのは 事前事後いかなる場合にも隙を作らぬように

心を備えて持てということなので いいかえると 古諺(昔のことわざ)の訓える

「終わりを慎むこと始めのごとくあれ」というのと同様のことなのである



したがって ここで最も正しく理解せねばならない肝要な点は

この『隙を作らぬ心=残心』の心構えとはどんな心構えなのかということである

この心構えの実際の状態がはっきりわからないと 心の備えということが

言葉や文字で一応分かったように感じても 真実なものを実感的に心に

杷握することはできない



しからば『残心』という心構え=隙を作らぬ心構え 換言すれば

隙のない心こそが本当の心の構え方だという その状態とは

そもそもいかなる状態かというと すなわち終始一貫同一不変の平静の心

古語にいう『一以貫之(ひとつの心でこれを貫け)』というのと同様の心構えである

これを禅の方では『大定心(だいじょうしん)』という

これをわかりやすくいえば『大定心』というのは どんなとき

どんなことにもいささかも動揺せぬ心 いいかえると いかなる場合にも

怯じず 怖れず 急がず 焦らず いつも淡々として極めて落ち着いている心なのである



これをもっと適切な状態でいえば 『何事もないときの心と同様の心の状態』である

あの古い句で有名な『湯上りの気持ちを欲しや常日頃』というのが 

この心もちを最も真実に形容表現している

要するに何事もない時の平静の心こそ 大定の心なりということである



英語の名言集の中に”You had better to be pretend to be happy when you are blue."

(不幸なときこそ 幸せに振舞え)というのがあるが 

これも失意のとき 心に落差を作り出さないと言うことである

言い換えれば 心を無波動的にして それを平常心とせよという言外の意味のある

言葉としてよいと思う



悪い習慣をつけぬようにすることは 悪習慣を破ることよりやさしい




超然として天に任せ 悠然として道を楽しむ

靉然((あいぜん)雲がわきいでるさま)として人に接し

毅然として節を持す 厳然として自らをつつしみ 

泰然として難に処く(おもむく)

・・・これは中国革命の大志士で孫文から示教された六然訓句・・・



We must be most careful in life not to be off our mental guarding

still more at the time of our best days.


新箴言14より









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# by florence18 | 2014-07-07 19:16 | *how to 6

新箴言13 神経系統を

事実において 神経系統の作用に万一不調和が生ずれば

生命エネルギーの教授もまた配分も 一切がその調和を欠如してくる

したがって他の合理的な養生法や健康法を実行しても

肝心の神経系統の作用が不調和になると コイルの配列に

不完全をきたしたモーターにいくら良性の潤滑油を注入しても

またその他の手入れを行い さらに強力な電流を通じても

規定通りの良好な回転は具現しない

(はっきりとわかる形で現れること)のと同様である


ただし モーターのコイルの調整作用はモーター自身には存在していない

人間の生命の中でコイルに該当する神経系統は 精神態度が

その作用を妨害しない限りは 神経系統 それ自身に自然的調整作用がある

そしてその最も理想的な精神態度とは 精神の絶対安定した状態をいうのである



要するに天風教義の真髄たる心身統一の先決問題に 精神態度の

積極化を力説するゆえんもまたここにあるといわねばならない



これがあるゆえに ますます銘心堅固に(心に刻みつけしっかりと定めて動かないこと)

天風教義を実践されて宇宙真理に順応し 正々堂々健康と運命の勝利者として

その現実を発揮されんことをあえて心より推奨する



Anyone who holds a positive attitude of mind toward

his life will always be the victor in his health and fortune,

and without this attitude he will be defeated.


箴言13より




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# by florence18 | 2014-07-07 19:05 | *how to 6

他人の意見/others' opinions

自らの価値を知っているなら

他人が自分のことをどう思うか

彼らがあなたを受け容れるか拒むかを

心配する必要はない

他人の拒絶と受容を心配しているなら

それはあるひとつのことを示している

それはあなたが自らの価値を

知らないということだ



あなたは、自らの本性を知らず、自らの内に宿る

神聖なるものを知らず、自分が神聖なるものの

住まいであることをしらない



自らの価値を知っていたら

どこに他人の受容や拒絶を

気にする必要があるだろう



unio mystica, vol.2

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# by florence18 | 2014-07-04 14:00 | ★Osho

瞑想としての仕事/Work as meditation

あなたの気分がすぐれず仕事をしていても

いい感じがしないときには仕事をはじめるまえに

5分だけ深く息を吐き出しなさい。

吐く息とともに、あなた自身の暗い気分を

投げ出していることを感じなさい

すると、あなたは5分もしないうちに突然正常に戻り低調な気分は消え

もはやそこには闇はないのにびっくりするだろう

もしあなたが自分の仕事を、瞑想に変えられるとしたら

それが最もよいことだ

そのときには、瞑想はあなたの生と衝突しない

何をするにせよ、すべて瞑想的になりうる

瞑想は分離したものではない

それは生の一部だ それはまさに呼吸のようなものだ

ちょうどあなたが息を吸い込んで吐き出すように瞑想もそのようにする

そして、それは単に”強調点の転換”にすぎない

何もたいしてなされるべきことはない

不注意にやって来たことを注意深くやりはじめる

あなたが、ある結果のためにやってきたこと

たとえば、お金だが・・それはOK、が

それをあなたはプラスの現象にすることができる

お金はそれでよろしい、もしあなたの仕事がお金を

もたらすとしたら、それはいいことだ、

人はお金を必要とする が、それがすべてではない。

そして、その傍らで、さらに多くの満足を得ることが

できるとすれば、なぜしない? 費用はまったくかからない

あなたは自分の仕事を愛しているかどうかに関係なく

やっているそこで、ただ仕事に愛を持ち込みさえすれば

さもなくばのがしたに違いないさらに多くのものを収穫するだろう

the orange book
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# by florence18 | 2014-07-02 10:30 | ★Osho

安生打座法 新箴言9

安生打座法は正当なる思慮と断定を生み出す

絶対的密法であるから其心して践行に努力すべし


安生打座法という密法が即座に妄想念を

制御静止して立ちどころに心境を払拭することに

よって 世人の多くが容易にでき難いと思い込んでいる

無念無想=最高心境=三味境(さんまいきょう)=Samadhi

にきわめて簡単容易に到入することができるからである



言い換えれば われわれの心境が無念無想という最高心境

に到入すると 科学的に言えば宇宙創造の根本要素

=PC・H(プランク定数H)と人間の生命とが融合一体化するからで

これをさらに哲学的に表現すれば 神人冥合の現実化が具顕して

(具体的に明らかになること)神=大自然のもつ叡智が

無条件にその心の中に流入するからである

すなわちかのヘーゲルの言った 宇宙に偏在する妥当性という

目に見えない しかも絶対的に貴重なる実在と完全に心が

合致状態になるがためである。




禅家の名僧で活き仏といわれた一代の善智識 石川素童師が

東郷元師や杉浦重剛先輩等ともども 初期時代の天風会の

修練界に参加され この密法を践行された際 感慨深く言われた

言葉を特にみなさんの行修に対する貴重な拠りどころとして

書き添えることとする


禅師はこう言われた

「こんな訳なく接心のできる近道のあることとも知らず

何と何と 永い間 深山幽谷の中や険しい山坂を苦しい

思いをして歩いていたと同じ苦行で行修し さてさて

接心把握の至難のことよとつくづく座禅行の味得徹底の

難しさを痛感していたものであった

“どの道も行くもひとつの花かな”ではあるが…

しかしこのたびこの優れた真理を授かりしこと 

何ともいえぬ仏恩でした…しかしこの密法は 一般の苦行僧には

容易に授戒(仏門に入るものに戒律を授けること)すべきでない

と思うというのは こんな安易な方法で簡単に接心せしめると

宗教の真諦(絶対的・究極的真理)を往々蔑ろにする者が

できるおそれがあるゆえ云々」と



確かに禅師のこの言葉はそれが僧門の人であろうと

普通の人間であろうと まことに貴重な反省を与えられた

戒めを説く言葉であると思う



要は私が常々口癖のようにいっている”lightly come,lightly gone"

(得やすければ失いやすし)を厳戒された一大偈辞(真理の言葉)だからである


なお厳かに内省検討してみよう!

今自分は日々の人生生活の際 しばしば与えられるであろう

「接心」(無念無想への一貫道程)への貴重な機会を

安生打座の践行をおろそかにすることによってあたら

逃してやしないか…それがあまりに安易な方法であるだけに…



そして万一そうであったならば もっともっと生命存在の瞬間瞬間を

重大視して 常にもっと活きがいのある人生を作為することに心を

真剣にふり向けることに心から努力しようと厳かに反省するがよい。



古歌に『今いまと今という間に今ぞなく 今という間に今ぞ過ぎ行く』

というのがある


まことにつつましやかに心すべきことである。








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# by florence18 | 2014-07-01 17:28 | *how to 6

親切本位で共に活きる 新箴言7

報償を目的としたり 恩に着せる心持で

為される言行は真の誠意でもなくまた親切でもない


人と人との世界に活きるお互い人間は どんな場合にも

お互いの間柄を 偏りのない公平で美しい愛情と

心の誠実さを心として尊い思いやりで助け合うという

いわゆる文字通り親切本位で共に活きることが

最高の理想であらねばならない

そして第一に大切な秘訣は 報いをあてにしたり

自己の言動を恩着せがましく思わせようとするのでは

その意味がまったくなくなってしまう


明の時代の中国の名著と言われる「菜根譚」の33節にも

「功名富貴の心を放ち得下して すなわち凡を脱すべし」



人間がこの世に活きる要訣は みだりに功名や

富貴の欲望に心をとらわれないということである

そうすれば 健康も長寿もさらに幸運も 求めなくても

当然のように恵まれる真人となり得るという

峻厳なる宇宙真理を喝破(正しい道理を言い尽くす事)

したものなのである


遠い数百年前の時代において すでにこの侵すべかざる

人生に絡まる宇宙真理を 正確に霊感した哲人のいたことは

まことに尊いことであるといわねばならない



多く語るまでもなく 絶対のものは いかに時勢が変換し どんなに

世相が変移しても 不変不易(絶対に変わらないさま)のものである



人間は無私無我の生活を本位として活きてこそ

本当の人間としても幸福ー健康ー長寿と良き運命

を求めなくても恵まれるというのが この世ある限り

いささかも変わる事のない 人生に賦与(分け与えること)

されている宇宙真理なのである



私がかつて大患に冒されて後 人生真理の探究に

志して求道の放浪生活を敢行した際 最後の正念自覚を

獲得したインドにおいて 恩師のカリアッパ師から

「これはシェイクスピアの言葉だがすこぶる玩味すべきものが

あるから これをダーラナ(安生打座法)を行いながら正しく

その真意をとらえてみるがよい。そうすれば必ずや現在の

汝の疾病の回復の遅い理由が自然と判然するから」

と言われて 終わりに添記してある1つの章句を口誦された



そこで師の言われるままに ダーラナを行うときに

この章句を公案(座禅のさい工夫する課題)としてその真意を

感得することに一生懸命観念集中を行って 次第次第に

自分の疾患の回復がはかばかしくないのは あまりにも自我に

即した妄念が終始心の中で葛藤を起こしていたため 天から生まれながらに

賦与されている自然良能力の発動を阻止妨害していたからである

ということが自覚されてきた



そこでそれから以後は『空』に徹する心を堅持することに

ひたむきに努めたところ 執着から離脱した無我の心が

宇宙エネルギーから甦りの力(ヴリル)を多分に収受することと

なって 文字通り厚紙を剥がすように全体生命に驚くべき

活性がみなぎってきたのである。


ですからみなさんもこの箴言の真意を心に体して(身につけて守る)

真人としても純正生活に徹せられたと熱奨する次第である



「慈悲というものは強いられるべきではない。慈雨のように

天からこの大地へ降り注ぐものだ」シェイクスピア


「真の人生生活は 自己のためだけでなく

人類すべてのためにある」天風哲人



It can't be definded as a real sincerity nor kindness of man,

if he says or acts for others whth an objective to receive

some compensation or an intention to lay them under obligation.

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# by florence18 | 2014-06-30 18:25 | *how to 6

不幸な時ほど幸せそうに振舞え 新箴言5

健康や運命というものは

それを消極的に考えない人々のみ

恵与されるよう 宇宙真理ができている




遺憾ながら 現代人の人生知識の中には

「心」というものが人生存在の一切を

掌握する峻厳(しゅんげん)なるものであるという

人生確保に対する一番大切なころが欠如してるのである



もっと極論すると 現代の理智階級者の概ね多くは

いのちの力 換言すればこうしてお互いが

活きているのは ひとえに神経系統の作用による

ものだという事を正しく自覚していない



またそれをそうと自覚している人の中にも 神経系統の

すべてが 詳しく言えば植物神経系も動物神経系も

そのことごとくが前記のごとく 肉体に施す手段方法=薬剤

栄養その他の肉体的の=で完全に作用させることができると

いうふうに考えている人が多い。



ところが真理は誠に厳粛で 人間がどう勝手に理屈を脚色しても

すべての神経系統は 肉体の支配を受けているものではなく

精神=心の支配を直接に享受して 生命維持の運営作用を

行っているのである。


この大事実はいくらよい薬を用い 栄養を豊富にし摂取し

その他の肉体的の方法を実行しても 心が消極的である限りは

健康ひとつでさえ思うように建設できずに ましてや運命開拓の力などは

思いもよらないが これに反して心がその病に負けず また運命に

脅かされないという積極的態度を堅持できれば あえて薬や

その他の肉体的手段や方法を特に採用しなくても

充分に健康や運命を確保し得ることで 明瞭に証明されるのである。



現に英国の格言に”You had better pretend to be happy you are blue."

不幸な時ほど幸せそうに振舞え というのがあるが

これも要するに 心の態度が いのちの力の中枢をなす

神経系に反映すると 当然運命を克服する力が発現する

という事実を訓えている貴重な言葉なのである



いずれにしても 心の態度が人生に与える直接的な影響は

他言する必要のないほど 切実なものであるだけに

瞬時の間ともいえども油断なく その態度の積極化に

努力すべきである


そして ふたたび獲得のできない人生を

正しく守ることに専念しよう





Such is the universal truth that health or fortune is blessed to the

man who does not think of them in a negrative way.

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# by florence18 | 2014-06-30 16:29 | *how to 6


不安や悩みや病気を乗り越えて スパラシキ人生*にするための方法を書いてます。


by florence18

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