価値ある人生に活きるには 新箴言2

人の人生はなんとしても1回限りのものである

絶対に2生はない

生まれ変わったようだということはあるが

それはただ観念的に想定した2生なので 現実の2生

というものは決してないのが実際である


どんなに長生きしても 永久の宇宙生命の長さに比較

すればむしろ夢一瞬の短いものである。

なのでできうる限り価値高くあらしめねばならない



多く言うまでもなく 人間には 人間がひとたび

自分自身の本質の尊さというものを正しく自覚すると

『心』が自然と自己自身を気高い人生を活きられることになる


そもそも人間の本質というものが いかなる尊さを持っているかと

言うと 結論的に言えば 人間と言うものは 厳格に論談すれば

健康的にも運命的にも常に幸福に恵まれるように

本来が作為されている点に帰納される


それでは真人としての理想的な生活目標とは

ー『霊性の満足』ということである

すなわちこれが本当の人間としてももっとも正しく

最も尊い生活目標なのであります。


ところが人生に対して相当の理解をもっているごとく見える人

でも この目標を重視せずしておおむね多くは4つのいずれかを

意識的かまたは無意識的にその生活の目標として勉学したり

その職業や勤労に努力している

1.本能の満足を目標とするもの

2.感覚の   〃

3.感情の   〃

4.理性の   〃


しかりして以上の4項目の満足を欲求するという意念は

一般人類の共通的な人生欲求なのである

したがって一概にそれを非難なりして排除するべきではないが

さりとて 4つのいずれを目標にしても現実に人間の本質の尊さを

完全に発揮することは断然不可能に終わるのである



それはなぜかというと 4つのいずれかを目標にすると

かりに相当の富や地位やや名誉を克ち得ても それでもって

自己の人生の満足を徹底的にわがものとすることは

絶対にできないが為なのである


人間の欲望というものには 自制心の極めて優れたものでない限りは

ほとんど際限のないものになりがちで 西洋のことわざにも

『Avarice increase with wealth 金持ちになればなるほど欲が出る』

中国の後漢書にも 『隴を得て蜀を望む』(ひとつの望みを達成すると

さらに大きい欲を抱くということ)

日本にも『おもうことひとつ叶えばまた2つ 3つ4つ5つかしの世や』

という道歌があるのを見てもこの消息は理解されることと信ずる

その上に人間の欲求の炎は火と燃ゆるのに比べて 現実に満足を

感じる獲得は いつもあまりにも少なすぎるのが通常のありさまなのである



するとその当然の結果として欲求不満

というやるせない煩悩が心に発揮してきて

結局は 生命の生存を確保する中枢的に大切な神経系統の

生活機能をおびただしく毀損することになる


さもすればまた その侵すべからざる因果関係で

活きるのに必要な各種の生命力も減損されてしまう

そして結局は満足の得られない欲望と4つに取り組んだままで

生命を短くしてこの世を終るか さもなければ欲望の奴隷となって

人知れぬ悩みの多い 憐れはかない毎日を

過ごすかのいずれかに陥ることになる



死すべきものである人間は決して

2度とこの世にこないものであると考えると

いかなる場合があっても もっと価値高い人生に活きねばならない




それを現実にしてくれるものはただひとつ

『霊性満足』という生活目標は満足の得られないことから

生ずる失望や煩悶というものが全くないのである

というのは この『霊性満足』の生活目標なるものは小我的欲求

の満足を目標とするものではなく 自己の存在が人の世のために

なることを目標とする生活であるからである


しかしこういうと また中には自分というものを全く

人の世のために犠牲にして あたかも自己の存在を無視する

かのごとく早合点する人もあるかも知れぬが 断じてそうではない



むしろ自己の存在を重視して より価値あるものにするのに

この生活目標が一番容易で その上精神生命の負う

消極的な負担が絶対にないという 極めて高潔なものなのである


霊性満足の生活を現実にするのには 日々の自己の言行を

できる限り人の世のためになることだけを本位とし

重点とするという心がけを自分の心とすることである


もっと具体的に言えば いつも真心と愛の心で 

一切に対処するようにするのである

そうすれば どんな場合にも本当の親切と尊い思いやりという

人間の心の最高至純のものが期せずして発現してきて それが

そのまま霊性満足の生活となり 宇宙本来の目的に合致した生活

となるのである



だからこの生活を哲学的にいうと『創造の生活』ともいう

そしてこうした生活は人間の先天的大使命たる=進化向上に順応する

という階級の高い理想的生活なのである

したがって 満たされないことから生ずる失望や落胆というものがなく

そのため煩悩苦悩という忌まわしい心理現象の発生することもまた絶対にない



というのは この生活目標は何ものを代償として求めえないからである


いいかえれば報酬は私も目標ではないからである

少しも生命に無駄な消耗も無益な疲労もない

否あるのはただただ歓喜と感謝の連続のみである



ただしくれぐれも間違った理解をしてはならないことは

霊性満足の生活を目標とする者は 本能や感情または理性等の

一切を断然排除せよとか または卑しむべきものだから捨てて

顧みるなかれというのではないということである


もとより人間の生命の中に 本能や感覚や感情や理性の存在しているのは

生命確保のために必要であるがためである

である以上 それを無にするということは絶対に不条理でかつ不可能である


しかしだからと言って これに制限を施さずに執着すると

直接間接に生命に不測の損害を招くことになる

ところがこの制限という事と 無執着ということが 

普段の手段や方法では断然でき難い すこぶる困難なことなのである



普段の手段や方法は いつも言うととおり 古今東西問わず『抑制』か

『禁止』という相対的なものでるからである



然るに この万人共通的に困難を感じている人生問題が

何と 前述のごとき霊性満足の生活を実行するときわめて

簡単に たいして努力することなしにほどよく統御され 

かつまた解決される


いいかえれば 各種心識より発動する価値のない

欲求が自然的に制約され 同時に煩悩執着も著しく軽減され

または無になるのである

そして当然の帰結として 人間の生命の本質の尊さも

完全に発揮され 健康美も運命美も期せずして現実化される



であるから 価値ある人生に活きるには いかなる場合にも

『霊性の満足』を終始その生活の目標として

人生に活きられんことを 真人としての本領の発揮のためと

同時に広く 人の世のために熱奨する




If we would desire to live a valuabke life,it is essential,

above all, to be rightly aware of the instrinsic value of ourselves.



新箴言2より









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by florence18 | 2014-06-25 15:11 | *how to 6


不安や悩みや病気を乗り越えて スパラシキ人生*にするための方法を書いてます。


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